事例に学ぶ事業承継

わたしたちがこれまでにお手伝いをさせていただいた事例のご紹介をします。

父から娘への事業承継

災い転じて福となす 創業者の大病を機に進んだ事業承継
業種 建設業 業務内容 空調工事業
創業 平成2年 従業員 5名
代表者年齢 62歳 地域 名古屋
資本金 300万円 売上高 約1億8千万円
業種 建設業
業務内容 空調工事業
創業 平成2年
従業員 5名
代表者年齢 62歳
地域 名古屋
資本金 300万円
売上高 約1億8千万円

1.事業継承に至った経緯

現社長は平成2年に当社を設立、創業者として経営手腕を振るい当社を優良な企業に育て上げてきました。大手メーカーとの取引も安定しており当社の事業は堅調に推移していますが、昨年現社長が大病を患い入院しました。幸い術後の経過は良好であり現社長は実務に復帰することができましたが、この経験を機に現社長は事業承継について今のうちから真剣に検討することを決断されました。
現社長には娘が2人おりますが、当社の事業内容では女性が経営することは無理であろうとの考えから、当初は長年勤務している従業員から後継者を選定する方向で検討していました。しかしそんな中、現在は別会社で勤務している次女が当社の事業を承継したいという意向を現社長に伝え、家族で相談した結果、この次女を後継者と定め事業を承継していくことを決めました。ただ、次女は当社業務の経験は全くなく、今後どのように事業承継を進めていったらよいのか、現社長と、経理事務を担当している妻、後継者の次女がそろって当ネットワークにご相談いただきました。

2.事業承継における現状

事業承継の現状整理や計画策定については、中小企業診断士を専門家に招聘して進めることとしました。現状を整理する中で、以下の課題が浮き彫りになりました。
【ヒトの承継】
後継者は現社長の次女と定めましたが、当社業務については未経験であり、経営者としての経験もありません。また、「工事現場」という男性ばかりの職場で、女性である次女が経営者としてリーダーシップをとっていけるのかという点について、特に現社長は心配していらっしゃいました。
【モノ・カネの承継】
当社の株式の100%を現社長が保有しています。この株式をいつ、どのように後継者に承継していくかを検討する必要があります。
【ノウハウ(知的資産)の承継】
当社の経営ノウハウはすべて現社長の個人能力に依存しています。現社長の入院時には営業活動等が滞り受注が減少する等、「社長の代わりができる人間が社内に誰もいない」という問題点が図らずとも浮き彫りになりました。当社の組織は創業者として圧倒的な知識と経験、人脈を持つ「現社長」と「現社長以外の従業員」という体制であり、現社長の右腕となるような従業員が育っておらず、当社のノウハウはすべて現社長の頭の中、という状態でした。

3.事業承継に係る課題とその対応策

全5回の相談には現社長、後継者双方が出席し、まずは専門家が事業計画の策定方法等を指導しました。後継者には毎回次回相談時までの宿題として自ら手を動かす作業を課し、次の相談時に全員で内容を確認して固めていくというやり方を採用しました。
最初に「向こう3年間の行動計画を策定する」という課題を課し、それに対して後継者が提出した内容は夢とやる気に満ちた非常に前向きなものでしたが、「実現可能性」という観点からみると全く未経験の後継者が3年で実行できるボリュームではありませんでした。これに対して現社長の意見や専門家の指導を受けて議論を重ね、最終的な行動計画に落とし込みました。行動計画を策定する過程では「工事現場に立つ経験を積んで、従業員を指導できるようになりたい」と希望する後継者と、「工事現場は男社会であり心配、現場に立つ経験を積まなくても内部管理の経験を積めばよいのではないか」という現社長の間で意見が分かれることもありましたが、最終的には「後継者がどのようにしたら事業を引き継ぐ自信がつくのか」という観点から、後継者の思いを採用することとしました。
また、数値計画についても現状の数値の意味を指導し、後継者自ら作成してみることで決算書に対する理解が深まったものと思います。
事業計画の策定をきっかけに、株式の承継をはじめとする事業承継計画を具体化させ、①自社株式については「事業の磨き上げ」が進む中で暦年贈与を活用して徐々に進めていき、後継者の代表取締役就任時に残りの全株式を承継する、②役職については本年度に後継者が取締役として入社、従業員や取引先に後継者として紹介、後継者は現社長の伴走を得て事業経験を積み数年後に代表に就任する、③後継者教育には外部のセミナー等も活用していく、④現代表の妻が担当している経理事務についても計画的に後継者に引き継いでいく、などの方針を固めていきました。

4.サブマネージャーの所感

現社長は現在62歳であり、もし昨年の大病、入院の経験がなければこのタイミングで事業承継に具体的に取り組むこともなかったかと思います。また、現社長は娘たちと事業の話をすることはなく、「この仕事は女性向きではないし、娘たちは継ぐ気はないだろう」と思い込んでいました。さらに、「自分で何でもできてしまう」ため、自分以外の従業員にノウハウが共有されておらず、「自分がいなければ事業がまわらない」会社となっていたことも、昨年の入院期間中に起こった諸問題によって図らずも明らかになりました。
現社長の大病、入院は大変な事態ではありましたが、これをきっかけに次女の事業に対する思いがわかり、事業承継に向けた取り組みは一気に進みました。
また、専門家による相談には現社長、次女ともにすべて出席し、親子が事業に対する思いを語り合うきっかけにもなりました。
後継者である次女が、未経験かつ男社会である当事業で経営者としてリーダーシップを確立していくことは容易ではないと思いますが、現社長や周囲の力を借りながら経験を積み、現社長に劣らぬ経営者として成長していかれることを期待しています。